喜蔵院について

本山修験宗別格本山。大峯山護持院の一つ。山号は護法山。

承和年間(九世紀前半)に智証大師円珍が大峯修行の際に創建と伝わる。以来聖護院門跡ご入峰の際、宿泊先となり、またその先達を務めるなど、本山派修験の要員を担ってきた。

文化年間には光格天皇の弟君である聖護院宮盈仁法親王が、大峯入峯の為にご宿泊された際、「優婆塞がおこなひおきしあととへば 吉野の寺に有明の月」と詠まれた。

寛文年間には儒学者熊沢蕃山が一年あまり滞在し、「この春は吉野の山の山守りとなりてこそ知れ花の心を」と歌を残し、その歌碑が境内にある。

また江戸時代後期には女流画家三熊露香が、長期滞在しながら吉野山の桜三十六品種を描き、その作品「桜の譜」が保存されている。

本尊は修験高祖役行者神変大菩薩、両脇に蔵王権現、不動明王。そして修験者の姿をした大峯大天狗などが祀られている。境内社として壽稲荷大明神、大峯龍神、牛頭天王社がある。